静脈系に出来た塞栓子(血栓、脂肪、空気、腫瘍、など)が血流に乗って運ばれ、肺動脈につまり閉塞する疾患です。これにより急性の循環動態不全、ガス交換不全を起こして呼吸困難などの症状を呈します。塞栓子の多くは血栓であり、この場合肺血栓塞栓症(pulmonary thromboembolism: PTE)といいます。塞栓子によって末梢肺動脈が完全に閉塞すると肺組織の壊死が起こり、この状態を肺梗塞と言います。肺血栓塞栓症の中で、肺梗塞を起こす割合は20%ぐらいと言われています。
下肢深部静脈血栓症(deep venous thrombosis: DVT)に起因するものが圧倒的に多く(90〜95%以上)、下肢の深部静脈に出来た血栓がはがれて、静脈内を流れ肺動脈に達しそこで詰まります。血管内皮細胞障害、血液の停滞、血液の過凝固状態などが原因で、これはVirchowの三徴と呼ばれています。。
下肢深部静脈血栓症の主な原因 |
@血管内皮細胞障害:
外傷や手術時の静脈圧迫・刺激による、静脈内皮の損傷
術中、術野確保のための筋鈎やリトラクター使用による血管の進展や圧迫
術中、骨セメント使用時の熱による
A血流停滞:
病気や術後の長期臥床・安静
長時間の同一肢位
手術時に筋肉の動きが止まるため
THAでは、術中の股関節脱臼肢位で大腿静脈の血流が停止するため
TKA(人工膝関節全置換術)では、駆血帯の使用による血流の遮断
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エコノミー症候群: 飛行機旅行で、狭い座席に長時間下肢を動かさず、じっと座っているだけで起こる場合があります。血流の停滞に加え、トイレに行くのを我慢するため、水分を取らず脱水になると血液が濃く固まりやすくなり、ますます血栓が出来やすくなります。 また、長時間の車の運転でも同様のことが言えます。 |
B血液の過凝固状態:
経口避妊薬の長期服用、悪性腫瘍など
凝固能亢進状態を有する先天性疾患
我々も以前は、股関節の手術時前後ちょうど生理にあたる患者さんに対して、貧血予防、創部の汚染防止および患者さんの苦痛軽減のため、生理を一時的に止める薬を使用していましたが、DVT予防のため現在はその使用を中止しています。 |
深部静脈血栓症の危険素因 |
肥満、高齢、高脂血症、糖尿病、血栓症の既往、下肢静脈瘤、妊娠中、経口避妊薬の服用、凝固系異常、安静、悪性腫瘍、など
術後深部静脈血栓症の発生頻度 |
欧米人の抗凝固薬を用いない場合の発生頻度は、THA後では34〜63%と報告されています。日本でも近年、静脈造影を用いた術後深部静脈血栓症の発生頻度に関する調査が行われるようになり、THA(人工股関節全置換術)後で25%前後、TKA(人工膝関節全置換術)で50%弱と報告されています。
下肢深部静脈血栓症の症状と診断 |
症状:
下肢の腫脹・疼痛、下肢表在静脈の怒張、鼡径部の圧痛、Homans徴候((ふくらはぎの把握痛、足関節背屈でのふくらはぎの疼痛)、など
診断:
凝固線溶系マーカー異常(特にD-dimerの高値)、超音波検査、など
閉塞型近位型DVTではカラードップラーが有用だが、非閉塞型の浮遊血栓では静脈造影が必要で診断価値が高い。最近は、造影CTによる診断も取り入れられている。
<静脈造影での分類>
@近位型:膝窩静脈から総腸骨静脈に発生した血栓
遠位型:下腿の静脈に発生した血栓
A閉塞性:血栓により静脈が完全に閉塞しているもの
非閉塞性(浮遊血栓):静脈が完全に閉塞していないもの
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下肢深部静脈血栓症の治療 |
静脈造影にて深部静脈血栓が発見されれば、ワーファリン内服による抗凝固療法を開始します。ワーファリンが有効濃度に達するのに1.5〜2日間かかるため、それまでの期間はヘパリンの静脈投与を併用する必要があります。血栓自体は形成と溶解の平衡状態を保っているので、抗凝固薬で新しい血栓の形成を予防すれば自然に溶解していくと考えられます。ワーファリンは、凝固能検査を定期的に行いながら、必要に応じ一定期間服用する必要があります。
近位型で大きな血栓では2週間安静の後、通常のリハビリテーションプログラムを再開します。
閉塞性深部静脈血栓症に対しては、下大静脈フィルターを装着した上でウロキナーゼなどの血栓溶解療法を行います。浮遊血栓に対しては、血栓溶解療法は浮遊血栓を遊離させ肺塞栓症を誘発する危険があるため、循環器内科・外科医の間でもその適応について意見が分かれています。
手術と肺血栓塞栓症 |
欧米では従来より、肺塞栓症に対する認識が強く、特に人工関節置換術後の合併症として1970年頃より注目され、患者さんに対する説明および予防もしっかり行われています。
日本ではこれまで、特に1990年代前半までは肺塞栓症の発生率が少ないとされ、術後の予防もほとんどされていませんでした。しかしこれは、この疾患に対する認識が薄かったため、見逃していた数が多かっただけとも言われています。例えば、術後の突然死に対し、原因不明と思われていたものの中に、この疾患が原因のものがかなり含まれていたと推測されています。かつ、食生活の欧米化に伴なう肥満の増加、急速な高齢化、高齢者の人工関節などの手術の増加などによりこの疾患が増加傾向にあります。
整形外科領域では、股関節や膝関節の手術で大腿静脈の血流停滞や血管損傷が起こりやすいため、リスクの高い手術と言えます。下肢の手術時に、太ももの付け根に駆血帯を巻いて一時的に下肢の血流を止めるため、下肢の静脈に血栓が出来やすくなることがあります。 また、術後の床上安静期間にも血栓が生じる危険性があります。術後3週間以内に起こることが多く、排尿・排便時、体位変換時、安静度がアップした時、例えば床上安静から車椅子に乗り始めたとき、歩行練習を始めたときなどに、血栓がはがれて肺動脈につまり肺血栓塞栓症を生じる危険性があります。
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肺血栓塞栓症は、発症すると死亡率が高いため、起こさない予防が大切です。日本でも徐々に認識が高まり、最近になって整形外科手術後の深部静脈血栓症、肺血栓塞栓症の報告も増えてきており、前述のエコノミー症候群などがマスコミで取り上げられ感心も高まり、予防に力を入れる医療機関が増えてきています。当院でも、後述の様々な予防を行っています。
欧米でのTHA後の肺血栓塞栓症の発生頻度は、抗凝固療法を行っていなかった1970年以前では5〜15%、そのうち致死的なものが2〜4%とされています。現在欧米では、通常なんらかの抗凝固療法が行われており、最近の報告では致死的な肺血栓塞栓症の発生頻度は0.1〜0.2%です。
日本での正確な発生頻度は明らかではありませんが、ここ数年整形外科関連の学会でも頻繁に深部静脈血栓症、肺血栓塞栓症が取り上げられており、個々の施設での発生頻度や予防・治療について報告されています。しかし欧米の様な大規模な調査はまだ行われておらず、正確な発生頻度は明らかではありません。
自覚症状:
突然の呼吸困難・息切れ、胸痛・胸内苦悶、背部痛、不安感、咳、血痰、失神・意識レベル低下、冷や汗、動悸、頻呼吸、下肢痛、など
他覚所見:
血圧低下、頻脈、徐脈、肺雑音、チアノーゼ、頸静脈怒張、浮腫、下肢腫脹、感染徴候を伴なわない発熱、など
深部静脈血栓症の症状や、これらの前駆症状を伴なわずに突然にショック症状で発症する致死性肺血栓塞栓症も多く、注意を要します。術後安定期に生じたショック症状は、まず肺血栓塞栓症を疑う必要があります。。
診断:
上記症状にて肺血栓塞栓症が疑われれば、肺動脈造影、胸部CT、肺血流シンチグラム、肺換気シンチグラム、心電図(右心負荷)、動脈血ガス分析(酸素濃度の低下)、胸部X線(部分的透過性亢進)などを行います。確定診断は、肺血流シンチグラムで可能です。血栓の局在は、造影CTにて確認できます。
臨床下の(無症候性)肺血栓塞栓症(Subclinical PTE)
小さな血栓により一過性に肺血流障害、ガス交換障害を起こしているが、ほとんど症状がないもので、これは術中から一定の頻度で起こっていると考えられています。肺血シンチグラムを用いたある報告では、下肢手術後の25〜45%に生じているという報告があります。
不幸にして肺血栓塞栓症が起こってしまった場合には、治療法として抗凝固療法と血栓溶解療法、および残っている深部静脈血栓が遊離して新たな肺塞栓を生じることを防ぐため安静が必要です。下肢マッサージも禁忌です。特にショック症状で発症した致死性肺血栓塞栓症では、緊急の判断・処置を要するため、医師、看護師、理学療法士など術後治療に携わるもの全員が正しい知識を持ち、常に起こりうる合併症であると認識していることが必要です。
実際の治療には、循環器内科・外科のドクターがあたることになるので、詳しい治療内容に関しては、ここでは割愛させていただきます。
当院でのDVT・PTEの予防法 |
@弾性ストッキングまたは弾性包帯
血栓の発生は術中から始まっているので、手術中および術後に用います。下肢を圧迫することで表在静脈に流れる血液を減少させて、深部静脈の血流量を増やし、血栓形成を抑えます。
A間欠的空気圧迫法(foot pump)
足底部の静脈は、自動・他動運動や歩行の際の加圧によって、強力で自然な血液ポンプとして機能しています。術後の特に夜間は、こういった運動が不可能なため、手術直後より特殊なマッサージ機を用い、足底部を反復的に圧迫することにより、足底部からの静脈血流を保つことによりDVTの予防をしています。。後述の抗凝固療法に比べ予防効果はやや劣りますが、副作用が少なく有効な予防法と考えられます。
B足関節自動運動
手術直後より、足関節の自動運動を促し、翌日よりは理学療法士による床上リハビリ(足関節運動、下肢の等尺性運動)が始まります。これにより、下肢血流停滞が予防されます。
C早期安静度アップ
術後の深部静脈血栓症は3週間以内に発生することがほとんどです。出来る限り安静期間を短縮することにより予防出来ます。患肢の安静、ベッドアップ、床上期間、荷重時期など、過去の経験を検討し常にクリニカルパスを見直し可能な範囲で安静度アップを早めています。
Dアスピリン(抗凝固薬)
出血を増加させずに、術後の肺血栓塞栓症を減少させることが期待出来、手術翌日より内服を開始します。
Eヘパリン、ワーファリン(抗凝固薬)
術前の血液検査で血液凝固能の亢進している場合、静脈瘤の存在、など血栓危険因子がある場合に使用しています。ただし、予防効果は高いが、出血合併症を起こす可能性もあり投与は慎重に行う必要があり、出血の危険がはっきりすれば投与を中止します。
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